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2018.03.30

鳥取市企画推進部 文化交流課長 姫村正仁さん

鳥取市の担当者として、廃校施設の無償貸与や改修工事の実現に奔走し、公的な立場から劇場運営をサポートしています。

鳥の劇場が鹿野町に誕生し、鳥取県を代表する舞台芸術の発信地となるまでには、地域住民はもとより、多くの人々の協力がありました。

鳥取市は、2004年11月に、鹿野町を含む鳥取県東部の6町2村と市町村合併を行い、山陰地方で初の20万人都市となりました。劇場施設に生まれ変わった旧鹿野小学校の体育館や旧鹿野幼稚園は、鳥取市の公有財産であり、鳥の劇場が鳥取市から無償で借り受けています。この場所を代表の中島諒人さんに紹介し、無償貸与の実現に尽力したのが、鳥取市企画推進部で文化交流課長を務める姫村正仁さんです。

鳥取県で演劇活動をすると決め、東京から帰郷した中島さんは、まず、劇場をつくれるような広い公有の建物を探します。県の担当課に相談し、いくつか該当する空き施設を見て回りますが、潤沢な資金があるわけでもなく、広さや使用料が問題となって、活動拠点の候補地は見つかりませんでした。そこで、鳥取市が所有する建物から候補地を探すことになり、県からの要請で鳥取市の担当者になったのが、当時、文化交流課の課長補佐だった姫村さんです。

「市の使っていない施設で、学校や体育館のような広いスペースはどこかにないかということで、真っ先に思いついたのが鹿野町でした」と、すぐに姫村さんは中島さんを鹿野町に案内します。中島さんは、廃校になった小学校の体育館を一目見て気に入りますが、借り受けること、ましてや無償でとなると、話は簡単ではありません。

「地域の人たちの思い出のある建物です。中島さんは鳥取市の出身ですが、鹿野町とは何の縁もありませんし、あとの方は県外から。言ってみれば、よそ者に貸すことになるので、まず一番は、地域の皆さんの理解が必要でした」

鳥取市と合併後も、鹿野町には日常的な業務を行う総合支所が置かれています。姫村さんは、支所長や地域づくり活動に注力する住民たちに話をし、中島さんとも引き合わせて、協力は取りつけましたが、使用料の問題は未解決のままです。体育館と幼稚園を使うとなると、鳥取市の積算で軽く1500万円を超える年間使用料となり、到底、中島さんたちに払える金額ではありません。

「担当課としては、空いている施設なので、地域の皆さんが許してくださるなら、自由に使ってもらいたい。ただ、気がかりだったのは、実績がないことです。演劇人としての中島さんの経歴は素晴らしいものですが、劇場運営の経験はありません。お貸しして長続きするのか、それが一番心配でした」。懸念がありながらも、信じてみようと姫村さんに思わせたのは、中島さんや劇団員たちの姿勢だったといいます。「皆さんは、一つのことに対して思いを持っていて、真っすぐ前を見て、自分の思いをはっきりと言葉にしていました。その姿が今でも思い出されます」

中島さんは市長と面談を重ね、何度もプレゼンを行い、姫村さんが市議会に説明をして、やっと無償貸与の許可が下りました。そのとき出された条件は一つ。行政として、建物の修繕などは一切せず、劇団側ですべて行うというものでした。劇団員たちは、自らの手で廃校になった体育館と保育園をリノベーションし、鳥の劇場を立ち上げ、2006年7月から本格的に鹿野町で演劇活動をスタートしました。

鳥の演劇祭の開催など、劇団の活動は年々充実していき、鳥の劇場の実績は県外でも高く評価されるようになります。そのことを喜びながらも、姫村さんの心に引っかかっていたのは、演劇祭の期間中など、一日に200人、300人と多くの演劇ファンが訪れる劇場の安全面でした。

2012年、鳥取市が所有するすべての建物で耐震診断が行われました。市が貸し出している建物も含まれるため、鳥の劇場も対象です。幼稚園だった建物は耐震補強の必要なしと診断されましたが、「体育館のほうは、震度6強の地震が来たら倒壊の恐れありとの結果が出てしまいました。市は修繕しないという条件で無償貸与しましたが、貸し主として、こういう状況を知ったまま、目をつむっていていいのか。解決策も見つからず、とても悩んでいましたから、人事異動になり、正直ホッとしました」

ところが、2014年に姫村さんが課長として同じ課に戻ってくると、劇場の耐震補強問題は棚上げされたまま、何も前に進んでいませんでした。その間に、建物はさらに古くなり、雨漏りや公演中の強い雨音などに悩まされていた中島さんも、市や県に修繕の要望を出していました。2012年に聞いていた耐震補強にかかる費用は1億円以上。未解決のまま置いていった問題は、課の一番の懸案事項となって、姫村課長のもとに戻ってきてしまいました。

解決に動き出した姫村さんは、2014年に就任した深澤義彦新市長に、鳥の劇場の耐震補強問題を報告。「それは何とかしなければならないと、担当課と同じ思いを持ってもらえましたが、1億円というのはないぞと言われました」

ちょうどそのころ鳥取県は、アーティストリゾート構想を打ち出し、県外のアーティストとの交流を地域活性化や価値の再発見につなげるため、アーティストが活動しやすい環境づくりを推進していました。鳥の劇場との協働により、アーティスト・イン・レジデンス(アーティストが自分の本拠地以外の場所に滞在し、地域の自然・歴史・文化との関わりの中で、作品制作に取り組む活動)の実施も可能になるため、県と市が折半して改修費用を負担する補助制度を設けることになりました。

県との折半とはいえ、鳥取市の負担は数千万円に上ります。姫村さんには、補正予算として市議会の承認を得るという大きな仕事が残っていました。「演劇ワークショップや今までの県外での活動、トリゲキ(鳥の劇場)が一つ一つ積み重ねてきた地域との交流、地元の皆さんのトリゲキに対する思いなども、全部聞き取りをして、プレゼンできる資料を作って議会に向かいました。自分の頭で整理しながら、これなら、誰に話をしても大丈夫だと思いました」

想定問答を繰り返し、質問攻めに遭う覚悟をして臨んだ議会でしたが、「まさか、こんなことになるとは。手応えがなさすぎて…」と姫村さん。市議会では、一人の議員からの反対もなく、補正予算が認められたのです。

「今回、改修ができた、鳥取市が何千万円もの予算を使うことができたのは、トリゲキがアウトリーチ活動をしっかりとやってきたからです。地元の小・中・高、幼稚園、県外の学校や障がい者への演劇指導、上演と、ほかの団体がまねできないことをやっています。あなたにできますか。あなたにできるなら、鳥取市も同じように応援しますよと言えるほどの活動をしています。そのことを議員全員が、自身の観劇体験や子、孫の話からよく知っていて、市が支援すべきと判断したのだと思います」

約7000万円をかけて耐震・老朽化改修工事が実施された鳥の劇場は、2016年7月末に10周年を祝う新劇場の完成披露を行い、10月に起こった鳥取県中部地震でも、大きな被害に遭うことはありませんでした。

限られた予算内で改修するため、「体育館は、消防法も建築基準法もすべてクリアできるように、合わせて老朽化の改修もしましたが、幼稚園側は積み残しになっています」と、姫村さんは新たな老朽化を心配します。「これが最初で最後ですよ」と中島さんに念を押しながらも、鳥の劇場と姫村さんの“巡り合わせ”ともいえる関係は、これから先も続きそうです。

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